埼玉県警
本部長 西村浩司 殿


拝啓、
 秋も深まりそろそろ紅葉の季節を迎えようとしております。
私は平成11年5月14日に息子・友樹 (ゆうき) を集団リンチにより殺された母親です。
突然この様な書簡を送らせていただくことは大変心苦しいのですが、
別添内容にて平成11年10月9日
大阪 「少年犯罪被害当事者の会」 主催 『WILL』 席上にて公表する予定です。
加須警察署は、前任 荒船恵治氏が退職し、現在 市川登氏が署長であります。
今後、加須警察署の捜査について不信点を追求して行く所存でありますが、
詳細な加須警察署の捜査に対する不信感・疑問点については現在、作成中です。
本部長より加須警察署に対し適正な指導を賜りますよう宜しくお願い致します。
                                            敬具
                                    平成11年10月5日
                          埼玉県■■■■■■■■■■■■■■
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                                 飯島京子


事件の概要
 息子・友樹は大の動物好きでした。家には猫や熱帯魚・インコなども居て友樹は良く世話をしてくれ、私の手伝いも良くやってくれる心の優しい子でした。
また、音楽にも興味を持ちコンサートへ出掛けたり、友人から中古のドラムを購入し毎日1時間は練習していました。将来バンドを組みたいと友人達と話していたようです。
 去年の暮れ頃から犬を飼いたいと言い出しました。
私は 「犬は散歩が大変だから、高校入試が終わって、『毎日自分で散歩をさせる』 と約束するなら飼っても良いよ」 と息子に言いました。
そして無事入試が済んでほっとした頃、たまたまペットセンターの前に、ダンボール箱に入れられた子犬が捨てられていたのです。友樹はその捨てられている犬で良いから飼いたいと言うので連れて帰りました。
友樹は、約束どおり毎晩散歩をさせて世話をしていました。

 今年の5月13日夜10時頃犬の散歩から帰り、玄関を入ったばかりの友樹の携帯が鳴り 「今犬の散歩から帰ったからこれから行くよ」 と話し声が聞こえ、息子はまたすぐ出掛けて行ってしまいました。
私は話の内容から 「親しい友達にでも、ちょっと会いに行ってくるのかな」 位に思っていたのです。
ところが、朝になっても帰って来ません。
心配になって友人宅などへ電話をしたりしていた所へ、加須警察から「お子さんの事で至急来てください。」と連絡があり、頭の中は 「何か警察のお世話になるような事をしたのかな?」 「ケガでもして保護されているのかな?」 と不安が募り車で駆け付けました。
 そこにはビニールシートをかぶせられ、顔は紫に腫れあがり額から頭にかけて傷だらけで、冷たく変わり果てて横たわっている友樹の姿がありました。
突然の事で信じられませんでした。
「どうして?うそでしょう友樹」 何度問い掛けても私の手には友樹の体の冷たさしか伝わってきませんでした。

 司法解剖に承諾するよう説得され、泣く泣くサインをしました。
主人も私も友樹はさんざ痛い思いをさせられたのに、これ以上解剖なんて可愛そう過ぎると申しましたが清水生活安全課長さんに「犯人の少年達の供述と傷の具合が合っているかを知る必要があるから」 と言われ本当に断腸の思いでサインをしたのです。
 友樹の遺体が埼玉医科大学から自宅に帰って来たのは夜の10時頃でした。
頭は綿(わた)で作った三角巾で覆われ、浴衣を着せられ、もうお棺に納められていました。

遺体検案書には、死亡推定時刻 平成11年5月14日午前1時頃
死因 くも膜下出血及び出血性ショック。
発症から死に至るまで 約2時間半 とありました。

 加須警察は遺族である私共には、詳しい事は捜査中だからと教えてくれませんでしたが、マスコミに発表した内容は、友樹の人権も名誉も無視をした加害者の一方的な言い分だったのです。
更に、2回目に話を聞きに行った時には、「飯島君は不良少年で、呼び出されてバイクの事を聞かれた時、隣町の奴等のせいにしたから両方からリンチされたんですよ。救急車の到着する1時間くらい前までは生きていたみたいね。」 と清水生活安全課長さんに言われました。

 実は友樹は、今年4月末のある晩、友人4人で集まって色々話をしている内、バイクに乗りたいと云う事になり駅前に一台だけ置いてあった白いスクーターを4人で盗んでしまったのです。
浦和家裁から取り寄せた供述調書によれば、
5月13日夜10時頃そのバイクの事で同級生にコンビニへ呼び出され、待ち受けて居た少年達に近くの小学校で金属バットで頭・肩・背中を思いきり殴られ、素手で殴る蹴るの暴行を受け、「もっと思いきり暴力を振るいたい」との理由で人気の無い隣県のゲートボール場まで連れて行かれ、金属バット・角材・竹竿等の凶器を使ったり手拳や足で、頭や顔・背中・お腹・腕・足等を所かまわず殴られ蹴られ、自転車を投げつけられ、自転車で踏みつけられ 、タバコの火を押しつけられ,一人では立っていられなくなった友樹を両脇から抱え、サンドバック状態にして他の者が殺人行為にも等しい残虐な暴行を加え、それを交代で何回か繰り返し、膝から崩れ落ちた友樹に 「男として恥ずかしい思いをさせてやる」 と下半身を剥き出しにしました。
 犯人はイビキをかき始めた友樹を「救急車を呼ぶと警察も来るから」という理由で放置し、呼び出されてからわずか 3時間後の平成11年5月14日午前1時頃、集団リンチにより殺されたのです。


 犯人は15歳〜18歳の少年で8名が逮捕され、1人が書類送検されました。
逮捕された内4人は中等少年院・長期、2人は特殊短期という審判が下されたそうです。他の3人は保護監察という事でした。
第一の犯行現場である小学校からゲートボール場に移動する際、彼等は自分達の吸った煙草の吸殻を拾い、流れ出た友樹の血を水道のホースで洗い流し証拠の隠滅を謀っています。
頭を金属バットや鉄拳や竹竿で思いきり殴り、呼び出されてからわずか 3時間後に亡くなってしまったのに、どうして殺人罪ではなく傷害致死なのか、頭を殴っておきながら 「まさか死ぬとは思わなかった」 などと、どうして平然と言えるのでしょうか?
『イビキをかく』 という事は危険な状態だという事を承知の上で彼等は救急車を呼びませんでした、見殺しです。
その上関係者全員が口裏を合わせた様に 「午前3時か4時頃まで生きていた」 と証言しているのです。
加須警察も少年達の供述ばかり取り上げて、医師作成の死体検案書には 『死亡推定時刻は5月14日午前 1時頃』 となっているのにもかかわらず、死亡時刻を特定しないまま送検し審判が下されているのです。
普通ではとても考えられないことです。

何の為に泣く泣く司法解剖に承諾したのか判りません。
午前4時06分に現場到着した救急救命士の方も、「すでに死後硬直が始まっており心肺停止からかなりの時間が経っていると感じた」 と供述して下さっているのです。

 加須警察の方に、友樹の事件の場合殺人罪ではなくどうして傷害致死なのかを聞きました。
「少年達が殺すつもりはなかったと言っているからですか?」 と
「そんなことは無いですよ奥さん、本人が殺意を否認していても殺人罪で起訴する事は沢山有りますよ。そうゆう事は今までの判例だとかいっぱい有りますから、専門家の人達に聞くとかして、もっと勉強してから質問して下さいよ。」 と清水生活安全課長さんに言われてしまいました。
しかも、審判の4日前に清水生活安全課長さんが 「審判では被害者側は意見を述べられないので現在の正直な心境を供述調書に取らせて下さい。」 と一人で自宅にみえました。
主人が一通り意見を述べた後に、私が「少年達は口裏を合わせているとしか思えません」 と申したところ 「そんな事は書けませんよ、供述調書は本人が言った事をそのまま書くものではないんですから」 とおっしゃるので「では警察は、加害者の言った事はそのまま書いて、被害者の言った事はそのまま書けないとおっしゃるのですか?」 と申したところ突然怒りだし、「奥さんが、そんなに警察が信用できないと言うのでしたらもう良いです。私は、もう帰りますから」
とおっしゃり、調書を閉まって帰ろうとしました。
主人が慌てて 「そんな事おっしゃらずにお願いします」 と頭を下げ、しぶしぶ供述調書を取って行きました。
友樹の携帯電話も靴も未だに見つかっていません。
家裁より取り寄せた供述調書から、一番主犯格の少年Aの携帯電話だけが任意提出されていない事も判りました。
加須警察の捜査には疑問を感じざるを得ません。

 現在の少年法は、加害者保護の法律であり被害者のプライバシーは全くありません。
友樹の事件が新聞やテレビで報道された時も、あたかも友樹が一人でバイクを盗み、少年達に問いだたされ否定したから暴力を振るわれたとか。他の者に罪を着せたから暴力を振るわれたとか、誤解を招くような内容を実名で報道されました。
殺されて何も反論できない被害者を更に傷つけているのです。
本当に悔しい思いでいっぱいです。
 今回も、友樹にとって不名誉なバイクの事に触れざるを得ないのはとても忍びない事ですが、真実を知っていただきたいので遭えてその事に触れました。
バイクを盗んでしまった事は確かに悪い事です。
でもだからと言って 『暴力を振るって良い』 という事は絶対に有りません。
友樹は、まったくの無抵抗でした。
無抵抗の友樹に彼等は入れ替わり立ち代り暴力を振るったのです。
友樹だけが、何故そこまでされなければならなかったのか、少年達からこの耳で真実を聞きたいです。
 供述調書を読む限り、彼等は楽しんで暴力を振るっていたとしか思えないのです。

保護監察処分になって自宅に戻っているはずの少年も、その両親も、未だにお線香の一本も挙げに来ていません。
反省するどころか 「ニ、三発殴ったくらいで傷害致死にされたのではたまらない」 と言っている親も居ると警察の方から聞きました。
審判に関しても被害者側はまったくのカヤの外で、密室の審議であり、何故刑事処分相当として逆送されなかったのか納得できません。
一日も早く現在の少年法が改正され、もっと被害者の立場を考えた法律になってほしいと思います。

武さん初め 「少年犯罪被害当事者の会」 の皆さん、読売新聞社会部のK.さん、日本テレビ報道局のK.さん、皆さんに支えられ勇気づけられ、友樹の無念の気持ちを少しでも晴らしてやりたい一心で、ここまでまいりました。
今日ここで述べさせていただいた事は 西村浩司・埼玉県警 本部長宛に配達証明つき書留で郵送致しました。本部長より加須警察署に対し適切な指導をしていただけるよう切に希望致します。


友樹は、どんなに痛かったか。
どんなに恐かったか。
どんなに悔しかったか。
高校に入学して約一ヶ月、これからが青春だったのに。
やりたいことも、将来の夢も沢山有ったのに…


冷たい土の上で息を引き取った友樹。
どんなに家に帰りたかったか。
せめて家の布団の上で手を握り締めて逝かせてやりたかった。
抱き締めて、私の腕の中で逝かせてやりたかった…
ごめんね友樹、助けてあげられなくてごめんね。

抱きしめてあげられなくてごめんね。
                  平成 11 年 10 月 9 日   母・飯島京子